2012.04.17
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文中の10000Wは約720円です。画像はクリックで大きくなります。
登場人物は、嫁さん、娘、息子、赤ねえ(嫁さんの同級生)、私の5人です。
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2011.08.15
8日目4(仁川国際空港〜関空)
1時間50分のフライトということで機内食はサンドウィッチであった。
フライトアテンダントのお姉さんが、「コーヒーか紅茶はいかがですか」 と聞くので、「アルコールはありますか」 と返すと、「ビール、ウィスキー、マッコリがあります」 と言う。私はビールをもらった。
このことを通路向こうに座っていた嫁さんに言うと、すかさずマッコリをもらっていた。ナイスコンビネーション。


到着まで1時間半、着陸態勢に入ればテーブルは片付けられる、時間はあまりない。
私はさっさとビールを飲んでマッコリをおかわりした。嫁さんと赤ねえも2本目をもらっていた。
韓国で飲んだマッコリもうまかったが、機内で飲むのもいい。タダだというのもあるが、旅の締めくくりにマッコリというのも、なんとなくこの旅行を象徴しているようで楽しい気分になった。


窓の下に瀬戸内海が見えてきた。そろそろ大阪も近い。私は残ったマッコリを一気に飲み干した。
そして、無事着陸。私たちは帰ってきた。大阪は晴れ、きれいな夕日が沈んでいた。
始めはテンションがあがらなかった韓国旅行。
しかし、7泊と多めに時間をとり、釜山、晋州、全州、論山とソウル以外の町に行ったのが良かった。嫁さんも釜山がよかったと言い、息子は晋州、私も論山の石仏が一番印象に残っている。
後日談になるが、NHKのBS1 「ほっと@アジア」という番組にアジアの一枚というコーナーがある。ここに灌燭寺の石仏の写真を応募したら紹介された。


アナウンサーの女性は 「なんじゃこれ」 という表情で、この石仏を、「頭が大きいですねえ」 と見たまんまの感想でコメントしていた。
さて、今年の旅行記はこれで終わりである。また来年の夏、どこかへ行って、GO GOサマー!したら、続きを書きたいと思う。
안녕히 가십시오. 또 내년 만납시다.
フライトアテンダントのお姉さんが、「コーヒーか紅茶はいかがですか」 と聞くので、「アルコールはありますか」 と返すと、「ビール、ウィスキー、マッコリがあります」 と言う。私はビールをもらった。
このことを通路向こうに座っていた嫁さんに言うと、すかさずマッコリをもらっていた。ナイスコンビネーション。


到着まで1時間半、着陸態勢に入ればテーブルは片付けられる、時間はあまりない。
私はさっさとビールを飲んでマッコリをおかわりした。嫁さんと赤ねえも2本目をもらっていた。
韓国で飲んだマッコリもうまかったが、機内で飲むのもいい。タダだというのもあるが、旅の締めくくりにマッコリというのも、なんとなくこの旅行を象徴しているようで楽しい気分になった。


窓の下に瀬戸内海が見えてきた。そろそろ大阪も近い。私は残ったマッコリを一気に飲み干した。
そして、無事着陸。私たちは帰ってきた。大阪は晴れ、きれいな夕日が沈んでいた。
始めはテンションがあがらなかった韓国旅行。
しかし、7泊と多めに時間をとり、釜山、晋州、全州、論山とソウル以外の町に行ったのが良かった。嫁さんも釜山がよかったと言い、息子は晋州、私も論山の石仏が一番印象に残っている。
後日談になるが、NHKのBS1 「ほっと@アジア」という番組にアジアの一枚というコーナーがある。ここに灌燭寺の石仏の写真を応募したら紹介された。


アナウンサーの女性は 「なんじゃこれ」 という表情で、この石仏を、「頭が大きいですねえ」 と見たまんまの感想でコメントしていた。
さて、今年の旅行記はこれで終わりである。また来年の夏、どこかへ行って、GO GOサマー!したら、続きを書きたいと思う。
안녕히 가십시오. 또 내년 만납시다.
2011.08.15
8日目3(プリンスホテル〜仁川空港)
プリンスホテルから空港バスのバス停まで送迎バスが出ているというので予約したらワゴン車であった。
これが道をはさんだ向かいの世宗ホテル前のバス停まで連れて行ってくれるのだが、直線距離100mほどところ、ぐるーっと回って10分ぐらいかかってやっと着いた。降りた場所から道の向かいを見るとプリンスホテルが見えている。
大通りに横断歩道がないから、地下道を大きな荷物を持って渡るのは大変だろうと考えられたサービスだろう。何も知らなければ遠回りされているのかと勘違いしそうだ。
仁川空港行きのバスはすぐにあった。
荷物をトランクに預け、バスに乗り込むとテレビでニュースがかかっていた。李明博(イ・ミョンバク)大統領が演説をしている。今日は8月15日、韓国にとっては独立記念日である。

バスは順調に走り、予定通り1時間で仁川国際空港に着いた。
チェックインしようと電光掲示板を見ると、私たちが乗る予定の飛行機は1時間遅れになっていた。理由を聞くと、整備のためだとか。
行きは欠航、帰りは遅延・・・。
アシアナ航空10点減点。


まあ、しかし、帰りは急ぐ旅でもなし、韓国にいる時間が長くなると思って、空港を楽しむことにする。みなさん、ご存じかと思うが仁川国際空港は巨大である。見渡す限りの免税店、飲食店・・・。
端から端まで歩いたら3日かかるといううわさである (←うそ)。
とりあえず私たちは昼食をとることにした。
Biwon (ビウォン) という韓国料理の店に入ったが、隣の すし森 (Sushi Mori) と経営が同じらしく、どちらのメニューも注文できる。




大人は石焼きピビンパ、スンドゥブチゲと最後の韓国料理を、子どもたちはちょっと違ったものを食べたかったのだろう、カルフォルニアロールを注文した。
味は空港の店ということもあり、まあまあといった感じ。値段はやっぱりというか、ちょっと高い。
この後、ソウルのときと同じように女性陣は買い物、私と息子は搭乗ゲート近くのいすに座って、インターネットなどをして過ごした。
しばらくして戻ってきた娘は赤ねえからブランドについてのレクチャーを受けたみたいで、レスポートサックとかジルスチュアートとか何とか、いろいろと詳しくなっていた。 まだ中学生なんですが・・・。


さて、時間になったので、いよいよ搭乗である。旅も終わりに近づいてきた。
アシアナ航空 OZ114便は、15時05分、当初の予定より1時間遅れで、ここ韓国から日本に向けて飛び立ったのであった。
アンニョンヒ ケセヨ〜
これが道をはさんだ向かいの世宗ホテル前のバス停まで連れて行ってくれるのだが、直線距離100mほどところ、ぐるーっと回って10分ぐらいかかってやっと着いた。降りた場所から道の向かいを見るとプリンスホテルが見えている。
大通りに横断歩道がないから、地下道を大きな荷物を持って渡るのは大変だろうと考えられたサービスだろう。何も知らなければ遠回りされているのかと勘違いしそうだ。
仁川空港行きのバスはすぐにあった。
荷物をトランクに預け、バスに乗り込むとテレビでニュースがかかっていた。李明博(イ・ミョンバク)大統領が演説をしている。今日は8月15日、韓国にとっては独立記念日である。

バスは順調に走り、予定通り1時間で仁川国際空港に着いた。
チェックインしようと電光掲示板を見ると、私たちが乗る予定の飛行機は1時間遅れになっていた。理由を聞くと、整備のためだとか。
行きは欠航、帰りは遅延・・・。
アシアナ航空10点減点。


まあ、しかし、帰りは急ぐ旅でもなし、韓国にいる時間が長くなると思って、空港を楽しむことにする。みなさん、ご存じかと思うが仁川国際空港は巨大である。見渡す限りの免税店、飲食店・・・。
端から端まで歩いたら3日かかるといううわさである (←うそ)。
とりあえず私たちは昼食をとることにした。
Biwon (ビウォン) という韓国料理の店に入ったが、隣の すし森 (Sushi Mori) と経営が同じらしく、どちらのメニューも注文できる。




大人は石焼きピビンパ、スンドゥブチゲと最後の韓国料理を、子どもたちはちょっと違ったものを食べたかったのだろう、カルフォルニアロールを注文した。
味は空港の店ということもあり、まあまあといった感じ。値段はやっぱりというか、ちょっと高い。
この後、ソウルのときと同じように女性陣は買い物、私と息子は搭乗ゲート近くのいすに座って、インターネットなどをして過ごした。
しばらくして戻ってきた娘は赤ねえからブランドについてのレクチャーを受けたみたいで、レスポートサックとかジルスチュアートとか何とか、いろいろと詳しくなっていた。 まだ中学生なんですが・・・。


さて、時間になったので、いよいよ搭乗である。旅も終わりに近づいてきた。
アシアナ航空 OZ114便は、15時05分、当初の予定より1時間遅れで、ここ韓国から日本に向けて飛び立ったのであった。
アンニョンヒ ケセヨ〜
2011.08.15
8日目2(明洞・朝食2)
朝食の記事の続きだが、今回は少しまじめに書きたいと思う。最後までぜひ読んでくさい。
前回のお粥屋さんから数m西に行ったところに、よく言えば渋い、悪く言えば入りにくい、でも、すごく気になるたたずまいの店があった。
「ちょっと明洞を歩いて買い物できる店を探してみる」 という女性陣+それに付いていくと言った息子とは別行動で一人行ってみることにした。


店名はわからない。
看板もメニューもハングルのみで日本語も英語も一切書かれていない。ソウルに来てから、日本語でのやりとりに慣れてきていた私には、逆にそれが新鮮に感じられた。
中に入るとおじさんが一人、テレビの一番よく見える席に座って新聞を読んでいた。
おじさんは私を見つけて席を立ち、どうぞと手招きをした。客ではなく店の主人だったようだ。私が日本人だということは察したみたいだが、日本語ができないらしくきょとんとした顔で立っている。
私は壁に掛かったメニューを指さしながら、「チゲ?」 と聞いた。
すると主人は少し表情をゆるめて、メニューを一つ一つ指さしながら、スンドゥブチゲ、テンジャンチゲとゆっくりと私にもわかるように読んでくれた。
私はお粥を食べた後でもあるし、別段これが食べたいというものがなかったので、一番オーソドックスなテンジャンチゲを選んだ。
主人はニコリと笑みを浮かべ、奥へ行って、厨房の奥さんに注文を伝え、また新聞を広げた。飾り気のないご主人の温かいもてなしに、私の心も温かくなった。


しばらくしてテンジャンチゲが運ばれてきた。グツグツと音を立てて煮えるスープが熱そうだ。
おかずが6種類。中にはどんぐりのムク (どんぐりの粉を使ったところてんのようなもの) といった品もあり、ここが観光客相手でなく、地元の人向けの店という雰囲気が感じられた。ここは明洞のど真ん中である。
熱いスープにふうふうと息を吹きかけながら、私は “言葉” について考えた。
韓国に入ったすぐは英語が全く通じないことにとまどった。「韓国人、もうちょっと英語できたらいいのに」 と思った (これはおそらく日本に来た外国人は同じことを思っているだろう)。
それがソウル、特に明洞では日本語が通じすぎて、逆に違和感を感じた。 (何とわがままなことか)
あるとき、「北国の春」 を練習しているというタクシーの運転手に出会った。聞くと、乗せる外国人客のほとんどが日本人で、英語圏の人を乗せるのは月に一回ぐらいだと言う。ビジネスチャンスを広げるために日本語の勉強は欠かせない。
振り返ると、韓国でいろんな人に出会った。
釜山のデポチプでごちそうしてくれた英語を話す金さん、韓国語だけで食堂を紹介してくれたおばあちゃん、流暢な日本語を話すロッテメガネのお姉さん、ギャグまで日本語だったCCBのお兄さん、英語も日本語もできないけれど黙って荷物を3階まで運んでくれた乙支路のホテルのおっちゃん・・・。
言葉が通じなくても、心が通じ合うことがある・・・、なんて使い古された言い回しだが、いろいろな人と出会って自分自身考えることも多かった。
8日間の旅で出会った人たちを思い出しながら、少し冷めたチゲの最後の一口を飲み干したのだった。
前回のお粥屋さんから数m西に行ったところに、よく言えば渋い、悪く言えば入りにくい、でも、すごく気になるたたずまいの店があった。
「ちょっと明洞を歩いて買い物できる店を探してみる」 という女性陣+それに付いていくと言った息子とは別行動で一人行ってみることにした。


店名はわからない。
看板もメニューもハングルのみで日本語も英語も一切書かれていない。ソウルに来てから、日本語でのやりとりに慣れてきていた私には、逆にそれが新鮮に感じられた。
中に入るとおじさんが一人、テレビの一番よく見える席に座って新聞を読んでいた。
おじさんは私を見つけて席を立ち、どうぞと手招きをした。客ではなく店の主人だったようだ。私が日本人だということは察したみたいだが、日本語ができないらしくきょとんとした顔で立っている。
私は壁に掛かったメニューを指さしながら、「チゲ?」 と聞いた。
すると主人は少し表情をゆるめて、メニューを一つ一つ指さしながら、スンドゥブチゲ、テンジャンチゲとゆっくりと私にもわかるように読んでくれた。
私はお粥を食べた後でもあるし、別段これが食べたいというものがなかったので、一番オーソドックスなテンジャンチゲを選んだ。
主人はニコリと笑みを浮かべ、奥へ行って、厨房の奥さんに注文を伝え、また新聞を広げた。飾り気のないご主人の温かいもてなしに、私の心も温かくなった。


しばらくしてテンジャンチゲが運ばれてきた。グツグツと音を立てて煮えるスープが熱そうだ。
おかずが6種類。中にはどんぐりのムク (どんぐりの粉を使ったところてんのようなもの) といった品もあり、ここが観光客相手でなく、地元の人向けの店という雰囲気が感じられた。ここは明洞のど真ん中である。
熱いスープにふうふうと息を吹きかけながら、私は “言葉” について考えた。
韓国に入ったすぐは英語が全く通じないことにとまどった。「韓国人、もうちょっと英語できたらいいのに」 と思った (これはおそらく日本に来た外国人は同じことを思っているだろう)。
それがソウル、特に明洞では日本語が通じすぎて、逆に違和感を感じた。 (何とわがままなことか)
あるとき、「北国の春」 を練習しているというタクシーの運転手に出会った。聞くと、乗せる外国人客のほとんどが日本人で、英語圏の人を乗せるのは月に一回ぐらいだと言う。ビジネスチャンスを広げるために日本語の勉強は欠かせない。
振り返ると、韓国でいろんな人に出会った。
釜山のデポチプでごちそうしてくれた英語を話す金さん、韓国語だけで食堂を紹介してくれたおばあちゃん、流暢な日本語を話すロッテメガネのお姉さん、ギャグまで日本語だったCCBのお兄さん、英語も日本語もできないけれど黙って荷物を3階まで運んでくれた乙支路のホテルのおっちゃん・・・。
言葉が通じなくても、心が通じ合うことがある・・・、なんて使い古された言い回しだが、いろいろな人と出会って自分自身考えることも多かった。
8日間の旅で出会った人たちを思い出しながら、少し冷めたチゲの最後の一口を飲み干したのだった。
2011.08.15
8日目1(明洞・朝食1)
とうとう最終日になってしまった。
思い返せば長いようで短かった中学校生活、楽しかった修学旅行・・・、ではなくて、7泊8日の韓国旅行、いろんなものを見、そして食べてきた。ユムシに始まり、サンナクチ、ヌタウナギ、ポンテギ、ホンオフェ、晋州ピビンパに全州ピビンパ・・・。
現地最後の朝食はアワビ粥で締めくくることにしよう。
忠武路2街 (チュンムロイーガ) 沿い、お土産天国という陽気な名前の土産物屋の隣、朝から開いている店があった。
동죽 ドンチュというお粥専門店。


間口は狭いが、奥行きがありテーブルは6つ。壁にはポジャギ (韓国風パッチワーク) がさりげなく飾られており、おふくろの味を出しますよムードを高めていた。
当然のように、日本語メニューがあり、観光客でも入りやすいのだろう、(私たちもそうだが) 後から女性二人組の日本人が来てお粥を食べていた。
お粥専門店だが、メニューにはチャーハンや海草ピビンパもある。ただ、朝はお粥しかできないそうなので、やっぱりお粥専門店である。


私たちは全部で15種類もあるお粥の中から、アワビ粥 (これは外せない)、鶏粥、シーフード粥の3つを選んだ。
厨房からはミッキーマウスそっくりの声をしたおばちゃんの声が聞こえてくる。
ここは注文を受けてから作るようで、先にきたおかず (これも手作りらしく、イカの塩辛などはテイクアウトもできるよう) をいただきながら待つこと15分。
注文したものが運ばれてきた。


注文してから作るということで、中華粥のようにとろとろに煮込まれたものではない。お米の形が残っている程度に炊かれ粘り気は少ないさっぱりとした味。
器もシンプルなもので家でお母さんが作るお粥といった感じだ。朝ご飯にもぴったりである。
さて、朝食の記事はこれで終わりかといったら、実はもう一つある。それは次の記事で。
思い返せば長いようで短かった中学校生活、楽しかった修学旅行・・・、ではなくて、7泊8日の韓国旅行、いろんなものを見、そして食べてきた。ユムシに始まり、サンナクチ、ヌタウナギ、ポンテギ、ホンオフェ、晋州ピビンパに全州ピビンパ・・・。
現地最後の朝食はアワビ粥で締めくくることにしよう。
忠武路2街 (チュンムロイーガ) 沿い、お土産天国という陽気な名前の土産物屋の隣、朝から開いている店があった。
동죽 ドンチュというお粥専門店。


間口は狭いが、奥行きがありテーブルは6つ。壁にはポジャギ (韓国風パッチワーク) がさりげなく飾られており、おふくろの味を出しますよムードを高めていた。
当然のように、日本語メニューがあり、観光客でも入りやすいのだろう、(私たちもそうだが) 後から女性二人組の日本人が来てお粥を食べていた。
お粥専門店だが、メニューにはチャーハンや海草ピビンパもある。ただ、朝はお粥しかできないそうなので、やっぱりお粥専門店である。


私たちは全部で15種類もあるお粥の中から、アワビ粥 (これは外せない)、鶏粥、シーフード粥の3つを選んだ。
厨房からはミッキーマウスそっくりの声をしたおばちゃんの声が聞こえてくる。
ここは注文を受けてから作るようで、先にきたおかず (これも手作りらしく、イカの塩辛などはテイクアウトもできるよう) をいただきながら待つこと15分。
注文したものが運ばれてきた。


注文してから作るということで、中華粥のようにとろとろに煮込まれたものではない。お米の形が残っている程度に炊かれ粘り気は少ないさっぱりとした味。
器もシンプルなもので家でお母さんが作るお粥といった感じだ。朝ご飯にもぴったりである。
さて、朝食の記事はこれで終わりかといったら、実はもう一つある。それは次の記事で。

