2008.01.27 1日目
 デリーを出発して、6時間30分、ほとんど寝ているうちに上海に着いた。時差があるので現地時刻、昼の12:30分着。順調に入国が進んで、さて、最初の観光、リニアモーターカー。上海の浦東国際空港から上海郊外の龍陽路という地下鉄の駅まで時速431km、約8分で結ぶ。

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 さすがに速い!地上を走る飛行機のようだ。しかし、距離が短いので一気に加速して431kmになったところから徐々に減速。Gを感じる時間はほんの少しである。車内には修学旅行か遠足の中国のガキ 子どもたちが大勢いて実にやかましかった。

 龍陽路からタクシーで30分、61元(リニアの乗車券が一人40元)。空港から直接タクシーで行くと40分、150元ぐらいだから、リニアに乗りたいという理由がなければ断然タクシーの方が安くて楽だ。到着駅がもう少し上海市街に近ければ実用的なのだが。

 タクシーは交渉することもなく、メーターでホテルまで私たちを運んでくれた。インドでの交渉&ぼったくりに慣れてきたところだったので当たり前のことだというのにすごく驚いた。

 ただ、これはインドの方が良かったなあと唯一思ったのが、中国では英語が通じないこと。タイでもベトナムでもふつうに通じていたタクシー、ホテルでの英語すら中国は通じない。ホテルで氷をもらおうとして「Ice」と言っても通じなかった。筆談の「氷」も通じない。氷は「冰」以外認めないのだ。

 さて、少し休憩してから夕方出かける。まず目指したのは南京東路。ぶらぶら歩きと食事が目的だ。ネオンがとても美しい。難波でいうところのグリコの看板が、ここのコカコーラの看板か。ネオンをバックに写真を撮る人が多い。

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 ここで、特にガイドブックに書いてあるような店ではないのだが、店構えが高級過ぎず地元客でにぎわっている店に入った。そこで食べた酢豚や小籠包がおいしかった。カレーに飽きていた私たち(特に子ども)は生き返ったかのようにこれらの品々を平らげた。(上海グルメ図鑑参照)

 その後、浦東に渡るために「観光隧道」に行く。これは黄浦江の地下を通る観光客向けのトンネルである。ゴンドラに乗ると中はイルミネーションがきらめき、空気で動く人形がふわふわと揺れている。子どもたちはそれなりに喜んでいたが、まあ一回乗ったら十分だろう。

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 ゴンドラを下りて、東方明珠塔に登る。上海の写真といえば必ず登場する個性的な形をしたアジア一のテレビ塔である。

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 ここからの夜景がすばらしい。すぐ近く浦東の高いビル群の灯り、そして、川沿いに並ぶ外難(バンド)の建築群のライトアップ。息をのむ美しさだ。

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 帰りのタクシーの運転手がとてもいい人で「できれば明日も迎えに来てほしい、貸し切りで移動したい。」と「5時間 貸切 明日」とメモに書いて渡したが全く通じなかった。せめて英語が通じればビジネスチャンスも広がるのだろうが…。しかし、インド人のようながめつさがないのもまた旅行者としては気楽に感じる。



2008.01.27 2日目
 ホテルでの朝食はバイキングだった。おかゆやパン、おかずが10種類以上、飲み物などが付いて10元(150円)。近所の大衆食堂の麺一杯3元とまではいかないが、十分安い。

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 食事がすんでまずは魯迅公園へ。朝から大勢の市民が集まって体を動かしたり、のんびりと自分の時間を過ごしたり、みんな楽しそう。その中で、広い場所をとって、人も多かったのが社交ダンス。コーチらしき人のゲキがとばされなかなか気合いが入っている。みんな目つきも真剣だ。社交ダンスってこんなんだったっけ?

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 それから、私が今回の旅で行きたかった魯迅記念館へ。

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 魯迅は私の好きな作家の一人である。特に「故郷」という作品の最後の部分はそらで言えるほど印象が深い。

 「・・・まどろみかけたわたしの目に、海辺の広い緑の砂地が浮かんでくる。その上の紺碧の空には、金色の丸い月がかかっている。 思うに希望とは、もともとあるものとも言えぬし、ないものとも言えない。それは地上の道のようなものである。もともと地上には道はない。歩く人が多くなれば、それが道になるのだ。」

 時は日露戦争のまっただ中。日本で医学の勉強をしていた魯迅はある日、衝撃的なフィルムを見る。それはスパイの疑いをかけられた中国人が、日本人の手によって処刑されるシーンだった。そのことはまだしも魯迅がショックを受けたのは、見物に集まっていた中国人が同胞の死を薄ら笑いを浮かべて見ていたことだった。このことをきっかけに、今中国に必要なのは体の病を治すことではなく、精神を改造することだと考え、文学の道を志す。

 先の引用は実は当時の中国民衆への強烈なメッセージなのだ。「卑屈になるな、希望を持て、私が前を歩くからみんなついてこい」という気迫が伝わってくる。高村光太郎の「僕の前に道はない 僕の後ろに道はできる」という詩にも通ずるところがあるが、光太郎の場合、口語自由詩の先駆者としての自分自身の生き方を述べているのに対して、魯迅のそれは国全体の指針を掲げているだけにスケールは大きい。

 記念館には多くの日本人来場者も訪れるらしく、日本語を話すボランティアガイドもいた(もちろん、インドのようにチップを要求したりしない)。私はガイドの話を聞きながら、今一度「魯迅」という人物について深く考えてみた。魯迅はこんな時代にあっても親日家で、夏目漱石らとも親交が深かったという。ものごとを大局的にとらえ、正しいと思うことを信念を持って行うことのできる人であった。もし、今の時代に魯迅が生きていたなら今の日中関係をどう考えるのだろう。

 家族、特に子どもたちはどう感じたのだろう。内容が難しいのでほとんどわからなかったかもしれない。でも、魯迅の作品は中学校の国語の教科書にも載っているし、そのときにもう一度勉強してくれたらいいと思っている。

 さて、魯迅公園を後にして豫園へ。豫園は美しい中国式庭園で有名なところであるが、お目当ては庭ではなく、その周りの豫園商場というショッピング &グルメ街だ。実際庭は見なかった。まず娘と嫁がはまったのが2元ショップ。日本でいう百均だが、2元ということは約30円である。私と息子は表でおもちゃ(説明が難しいがつぶれる豚)の実演などを見ながら待っていたが、なかなか出てこない。やっと出てきたと思ったらたっぷり買い物をしてきた。よっぽど楽しかったのだろう、帰る前にももう一度寄ったほどだ。

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 お腹がすいてきたのでこれも超有名店の「南翔饅頭店(上海グルメ図鑑参照)」へ。

 お腹も一杯になり再びショッピングへ。ここは基本的に値切りOK。インドで培った技術を駆使してとにかく値切る。

 まず何か欲しいものを見つけると、ここまでは無理かなあというぐらいの額を言ってみる。最終的に決裂したら、その値では買えないとわかるから、同じものを売っている店を見つけてもう少し上げた額で交渉する。当然また高い金額から始まるから「さっきの店はここまで下げてくれたのに、あんた、そりゃないよ~(ちびまるこ風)」と、いかにも品物の値段を知っているかのように言い、店を出るふりをする。これでたいていはこちらの思う額で買うことができる。

しかし、この技が日本で役に立つ日は来るのだろうか?


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 足の痛いオカンと昼寝したい息子をホテルに置いて、嫁と娘と3人でお土産のお茶を買いに行く。目指すは上海駅近くの「大統路茶葉市場」。タクシーの運転手がこの高架をくぐったところだというので降りて歩いたがいっこうに見つからない。行けども行けども見つからないので近くの人に聞いてみる。教えられたとおりに行くがやはりない。また道を聞く。するとまた違う道を教えられる。こんなことを何度も繰り返した。それにしても不思議なのは道を聞いた人それぞれが、違う場所を教えてくれたことだ。ある人は南、ある人は北。どうも嘘をついているようにも思えない。結局2時間ほど歩き回ってあきらめた。タクシーに乗ってホテルへ帰る途中に地図を見せて、寄ってもらうことにすると、なんと移転して取り壊されていた。何度も前を行ったり来たりしていた場所だった。

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 疲れたのでホテル近くの足マッサージへ。いやあ、疲れもすっかりとれました。たった38元で1時間しっかりとマッサージ、しかもお姉さんはかわいい。

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 夜ご飯は呉江路休閑街の屋台へ。石門一路駅近く、約200mの道に屋台や食道が並んでいる(上海グルメ図鑑参照)。座るところがないのでゆっくりとはできないが、いろいろと食べ歩いてお腹も大きくなった。ホテルで待っているオカンに焼小籠包を買って帰る。








2008.01.27 3日目
 とうとう帰国する日になった。インド、上海と全力疾走で駆け抜けた9日間だった。旅にどんな価値を求めるかは人によって違うだろうが、私たちは少なくともリゾ-トでのんびり、日頃に疲れを癒す旅をというのをあまり好まない。見たこともないものを見、したことのないことをし、全く文化の違う人と話し、そして、食べたことのないものを食べる。今回の旅でも十分に新しい経験を自分に注入することができた。しかし、もうそろそろ帰りたくなってきた。温かいお湯につかりたい。子どもたちは帰ったら「くら寿司」に連れて行けと言う。無論、私もその意見に賛成した。

 さて、最終日どこに行こうか。出発は夕方である。ホテルをチェックアウトしてしまうので、大きな荷物がある。もちろん預かってはくれるだろうが、戻る時間がもったいない。あまり歩かなくてすむ観光は、ということで黄浦江クルーズに決定。

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 それまで降っていた雨はすっかり上がり、陽も少しずつ差してきた。川の両側には上海を代表する景色が現れては過ぎ去っていく。東の浦東には東方明珠塔、金茂大厦…。完成したら世界一の高さになるという森ビルは頂上付近に雲がかかっている(実は日本に帰ってから知ったのだが、この日建設現場で火事があったそうだ)。西には外難、租界時代の面影を残す建築物が立ち並ぶ。

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 さあ、日本に帰ろう。お土産をいっぱいつめこんだスーツケースを持って。土産話を聞きたがっているおじいちゃん、おばあちゃんも首を長くして待っていることだろう。みんな元気に帰ってくることを何より楽しみにしてくれている。

 飛行機は30分遅れで関空に着いた。9時以降にリムジンバスがないのは奈良に住むデメリットではあるが、JRは確実に私たちを奈良まで運んでくれた。そして、無事帰宅。

 さてと…、

 来年どこいく?何食べる?