イランというと、なんとなく昨今のアメリカとの対立や核の問題できな臭いイメージがあるのではないだろうか。

 事実、イランに旅行すると言えば、10人中9人は「何で?」と聞いてくる。

 しかし、ペルシャというとどうだろうか。そこには美しい細工の食器や細かい柄の絨毯…。’イラン’と聞くよりも何か、子どものころに何となくあこがれた、遠いお国の不思議なイメージが浮かんでくる。

 私たちが住んでいる奈良には正倉院というものがあって、そこには今から1300年以上も前のペルシャからの輸入品が宝物として保存されている。毎年、正倉院展として全国から多くの方々がこのために来県されているので知っている方も多いことかと思う。ちなみにこの正倉院展、毎年見ても、一生のうちにすべての宝物は見ることができないのだそう。

 そのイランに、行くことが出来る。期待と少しの不安を抱きながら、出発の日を待っている。

 きっかけはちょっとした偶然。うちの息子も娘もどちらもが同級生の姉弟のお父さんがイランの人で、最近そのお父さんのお父さん(おじいちゃん)の具合が少し悪いそう。下の孫(姉弟の弟)はまだ顔も見たことがないというので、一度イランに里帰りすることになった。

 「今年の夏イランに行くけど、一緒に行く?」

 という誘いにあっさりと「おもしろそう」と答えた嫁。そんなこんなで、トントン拍子でイラン行きが決まったのであった。

 今現在、旅に出る前段階ではあるが、もちろんのこと旅の様子もできるだけ、体験をそのままに、生の声としてお届けしていきたいと思っている。

 ちなみに旅行は7月30日発、8月8日着の10日間である。



2008.01.27 旅行会社選び
 旅行会社選びはもちろんネットが中心、なるべく安いところを探すため、Yahooトラベルやabロードを毎日チェック。

 関空から就航している航空会社はエミレーツ航空やマレーシア航空があったが、ドーハ経由のカタール航空が一番安かった。

 決めた理由で一番大きかったのが子ども料金。大人は110,000円、これも十分底値なのだが、子ども料金が大人の75%。これはエミレーツ航空の85%よりも割引きが大きく、旅行者全体で4人も子どもがいる私たちの旅では大きな差になった。

 …で、決めたのが、インターナショナルエクスプレスという会社。

 契約の直前に燃油サーチャージが上がるというアンラッキーはあったが、イランの空港使用料や、あと微妙なところを「他社より高いから」と交渉してみたら、値引きをしてくれ(人数が多いのもあるかも)納得の値段として決めさせていただいた。

 それにしても一つ引っかかったのが、トランジットのドーハという街。「地球の歩き方」によると、世界で一番退屈な街だとか。

 ここでの遊び方も考えておかねば…。

 





2008.01.27 旅の準備
旅の準備

 
 まず必要なのがビザ。インターネットのサイトを探してみると7日間以内の観光ビザは免除されると書いてある。しかしこれはガセでイラン大使館に問い合わせると必要とのこと。実際は15日間以内の観光ビザはイランの国際空港で取ることができるということでいらないということではないらしい。

 まあ、空港でゴチャゴチャするのも何だし、イランの人はけっこう悠長だったりするらしいので、前もって取っておくことに。

 申請書は関連リンクの中にも入れておいたが、イラン大使館のサイトからダウンロードして記入する。ビザ申請用紙の記入例か地球の歩き方(本)に記入例があるので参考になる。

 普通は郵送して送り返してもらうのだが、私たちはパパさんがイラン大使館に行く用事があったので、ついでに持って行ってもらった。だって、パスポートを郵送して送り返してもらうなんて何となくこわいから。

 イランビザに関しては女性一人の旅行なら出ないとか厳しいイメージがあるが、パパさんがイラン人ということも当然あるのだろう、全く問題なく降りた。ちなみに一人7500円也。

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 次に両替、イランでは円の両替が不自由(テヘランは大丈夫)らしいのでドルにに換えておいた。今は自動販売機で両替するのには驚いた。$100セットと$300がある。

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ドルのセット

 あと、1ギガのデジカメのメモリを買った。3000円ちょっと。…安くなったものです。


 



 関空発23:45というカタール航空、深夜便で出発。トランジットのドーハまでは、10時間15分のフライト。この便、全日空との共同運航便ということで、日本語のできるCAが何人もいて、全く不便さはない。一人一台のモニターも付いて、ビール1本、赤ワイン2本(お酒の飲めないイランへの旅行としてはこれが最後のアルコールとなる)を飲みながら、「県庁の☆」を見た後、就寝。

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カタール航空の機内食      カタール航空のプライベートモニター

 カタール時間4:00到着、2時間半のトランジットの後、テヘランへ。実は地球の自転に沿って飛んでいたため、はじめの飛行機の終わり、トランジットで少し、次の飛行機のはじめと3回の朝食をとったのには笑ってしまった。

 パパさんのお父さんと弟さんらが車で迎えにきてくれた…のはありがたかったが、ご家族で来られていたので、5人乗りの車2台に子どもも入れてだが、16人が乗車することには驚いた。もちろん、トランクもはみ出た状態で、市内へ向かう。

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お迎えの車

 市内に行く途中、少し寄り道をして、親戚の方々のお墓参りに行く。みんな、すごく故人を敬う気持ちが強いのには感動した。また、戦争の犠牲者のお墓が多く、イランはまだ戦後なのだと実感させられた。戦没者のお墓は特別な場所にある。日本では靖国神社がどうこう言っているが、この国では要人が参拝しないと、かえって怒られるのだろうなという気がした。

 ほどなくして今日お世話になるパパさんのお兄さんの家に到着。既に来られていた親戚一同とご挨拶。歓迎の意味も込めて羊を一頭捌いてくれた。実は捌いているところの写真もあるのだが、ここでは掲載を控える。しかし、日本ではパックになっている肉もこうやって、いただくことができるということは肝に銘じなければならない。

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 その後、しばらく歓談、…といっても、全くペルシャ語ができない私、と日本語はもちろん英語もままならない人たちとの会話はほとんどが、身振り手振り(図書館で借りた「地球の歩き方」のほんの数ページのペルシャ語の日常会話も少しは役に立ったが)。そんな中、活躍してくれたのが、奈良で買ってきた絵はがき。みんな大仏や山焼きの写真を興味深そうに見つめ、ビューティフルと言ってくれた。特に山焼きの写真には「何で山に火をつけるのか」とびっくりしていたようだ(そりゃそうだ)。

 しかし、この大仏の写真を見せたときや、肉になった羊に私が手を合わせたときの反応をみているとイランはイスラムの強い国ではあるが、他の国の宗教は尊重し、自分の宗教を押しつけようとは決してしない雰囲気があることが感じられた。

 しばらくして遅い昼食。イランでは2時ごろに昼食をとることが多いとかで、この日は4時ごろの昼食となる。メニューはさっき捌かれた羊を使ったキャバーブ。ごまの入ったナンにトマトといっしょに包んで食べる。

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 夜、涼しくなるのを待って、市街へ女性のためのマグナエを買いに行く。しかし、驚いたのはテヘランという街の賑やかさ。よくいえばエネルギッシュ、悪くいえば無秩序。スピード違反、二重駐車、信号無視、逆行…。道路には車やバイクがあふれ、少しでも前に入るためにまるでカーレースをしているかのよう。大きな交差点でも信号はほとんどなく、少しのすき間を見つけては走っていく。人もしかり、ビュンビュン車が走る大通りでも平気で車を止めながら横断していく(…というか、待っていたらいつまでたっても渡れない)。車も歩行者に遠慮することなく数十センチ脇を走り抜けていく…。私の知る限りではホーチミンの交通がかなりすごかったが、ここはさらにすごい。ホーチミンはバイクが多く、横断するときもまるで川に水が流れるように人をよけていたが、ここは一歩間違えば事故になる寸前でみんな動いているのである。

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 そして、帰宅後夜食。ゴルメ・サズィという料理を用意して待っていていただいた。これは、いくつかの野菜と豆、ハーブを煮込んだカレーのような料理で、ポロウという白ご飯とにつけていただく。ほどよい塩味とレモンを乾燥させた調味料が入って、日本人の口にも合う味付けであった。しかし、この食事が11時前、イランの食事はかなり時間が遅いとは聞いていたが、ここまでとは。こうして、29時間半+15分という長い長い一日が過ぎていったのである。


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娘の日記から

泊めてもらう家の持ち主の人親せきの人がいっぱい来てたよ。
お母さんが折り紙教えてみたらぁと言ったので教えてあげることにしました。千代紙を持ってリビングまでいくと!!!!!!!興味のありそうな女の子たちがちかよってきたの。教えてってゆったような顔だったので折り紙を渡して教えていこうとすると、ほとんどの女性がきょうみしんしんです!!!






 夜が遅かったというのに、朝早く起きて散歩。泊めてもらっている家はテヘラン市街から少し離れた東ターミナルの近く。緑がいっぱいのマンションの一室。大阪でいう千里のようなところ。公園の真ん中には噴水があり、芝生が青々と茂っている。イランといえば乾燥したイメージで、もちろん雨はほとんど降らないのだが、ダムなどを利用し、けっこう潤った生活を送っている。

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 朝食はおじさんが買ってきてくれた焼きたてのパン。バルバリという名で厚さ1cm、長さ60cmの大きく、素朴なパン。これが、表面はパリッとしてすごくおいしい。チーズやバターをつけてヨーグルトといっしょに食べる。息子が気に入って絵を描いた。

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 この旅行で楽しみにしていたバザールへ。まずは入口近くで観光客にはおすすめできない方法で両替をする。おすすめできないから詳しくは書かないが、はやく、多少レートも良かった。この日のレートで100$(12000円)=910000リアル(91000トマン)

 テヘランのバザールは1500m四方の巨大なもので、旅行者がすべて回るのはまず不可能。広いだけでなく人がものすごく多く、少し進むだけでも人当たりをしてしまう。さらに迷路のように入りくんでいるので、今自分がどこにいるのか、すぐにわからなくなってしまう。ここはテヘランの人にとって卸市場のようなところなので地元の人でもさっと買い物をして帰るようだ。だから、同じ業者がかたまって店を出している。

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 昼食にアーブ・グーシュトを作っていただいた。羊やトマトを煮込んで壷(家庭料理では鍋)に入れたもので上澄みはスープに、具はつぶしてナンといっしょに食べる。仕込みは朝からで手間のかかる料理だ。デザートはハルボゼという名のメロン。日本のものと形が違う

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 夕食で日本食をふるまうための買い出しに出かける。なんか、「ウルルン滞在記」の気分だ。日本からお好み焼きソース、しょうゆ、出汁、かつお節などを持参してきた。メニューはお好み焼きと天ぷらとみそ汁。

 イランのスーパーマーケットはとにかく旬のものが山積みにされている。だから、どの店に行ってもだいたい同じような野菜が並んでいる。買うのはKg単位で余るほど買ったが、それでも3000円ほどだった。一番高かったのは冷凍のエビ。これだけで1/3ぐらい支払った。サラダ油がないのでオリーブオイルを買ったがこれもまた高かった。

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 帰ってからすぐに下ごしらえ。こちらの女性も手伝ってくれたが、何ができるかみんな興味津々。また、この日は親戚も大勢集まってキッチンも大忙し。次から次へとお客さんがやってくる。で、味の方はOK。ただし、イランの人の口にどれだけあったかは不明。一番よく売れたのが天ぷら。次が、お好み焼き。これはソースとトッピング(要するにかつお節と青のり)は自分でかける方がいいみたい。みそ汁はその次。でも、心優しいイランの人たちはみんなおいしいと言ってくれた。おそるおそる口に入れる姿も見受けられたことは確かであるが。

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 イランで日本料理をふるまうときの注意点。

1. 現地の女性といっしょに作りましょう。豚肉などが入っていない証拠がないと、みんな本当に大丈夫かと心配してしまいます。
2. 肉じゃがなどの煮込み料理を一つ作りましょう。少しずつ食卓に料理が出てくるやり方だと、みんななかなか座ってくれません。
3. 天ぷらはおおむね好評でしたが、特に海老に人気がありました。ただし、いくらカリッと揚げても尻尾は食べてくれません。



娘の日記から

親せきの人たちがまたまた夜にいっぱい来ました。
いっぱい来ていてあんまりわからないのでぼーっとしていました。
その夜、お母さんたちがお好み焼きを作りました。
イランの人は、ソースやかつおぶし、青海苔はかけないで食べていました。
かけなかったらどんな味がするのかが不思議です。