2008.07.28 出発を前に
この夏の旅行の行き先は去年から決まっていた。

義妹のいるニューヨークと友人がいるモントリオールだ。

ここでこれから記事を書きつづっていく前に登場人物を紹介しておこうと思う。

まず、ニューヨークに住む「さとばあ」は嫁さんの妹。ばあと付いているのは、うちの子供から見ればおばさんにあたるから。結婚する前に少しの間、いっしょに住んでいたので子どもたちはよく遊んでもらった。

旦那は「バブちゃん」中華料理のコックで脇屋友詞氏のもと、赤坂の一笑美茶樓で長く働いていたが、ニューヨークに支店を出すに当たってシェフとして渡米することになった。

夫婦の間には2歳半の子どもがいる。


モントリオールの友人はKママ(もちろんカナダ系の名前がついているのだが、名前は伏せておく)。
旦那が日本人で結婚してしばらく日本に住んでいた。嫁さんが長女を妊娠しているときに赤ちゃんを乗せたベビーカーを押したKママと偶然知り合った。
したがって、うちの長女と同い年の男の子、それから、弟がいる。


去年、さとばあがニューヨークに行ってから、「遊びに行くね」とは言っていたのだが、さすがに行ったすぐはバタバタしているということで1年遅らせたのである。

そして、ニューヨークまで行ったからにはKママにも会いに行こうということで今回のニューヨーク、モントリオール旅行が決まったのである。



今回の旅行を計画していく上で一番苦労したのが、飛行機。

昨今の燃油サーチャージの高騰でアメリカ行きの飛行機の値段が軒並み上がっている。

ニュースでは海外旅行を控える人が増えて、今年は近場に行く人が多くなっている、なんてよく言っているが、何のことはない、それは定価に近い10万円以上もするチケットの話であって、そういうときだからこそ、安く出ているチケットに買い手が集中するのだ。

私たちも期間限定のアメリカン航空の70000円というチケットを取りに行ってキャンセル待ちまでしたが、残念ながらキャンセルは出ず。

結局、取れたのは2番手候補の中国国際航空の73000円のチケット。

しかし、このチケット良い点もあって私としてはほぼ満足している。

それは、何よりも乗り継ぎがいいこと。関空→北京(2時間のトランジット)→ニューヨークとシンプル。
アメリカン航空なら関空→成田(トランジット8時間)→デトロイト→ニューヨークとややこしい。

次に料金だが、3000円の差があるとはいえ、燃油サーチャージが中国国際航空の方が安いので気になるほどは変わらない。

そして、なによりもアメリカン航空はエコノミーのアルコールが有料に対して、中国国際航空は無料。
この違いは大きい。

ただ、大きな問題点もある。

それは帰りのトランジットが1日開いてしまうこと。
オリンピック真っ最中の北京に一泊しなければならないのだ。

結論から言うとホテルは取れたのだが、オリンピック期間中は普段の5倍から10倍の値段を取るところが多く、一泊のホテルを取るのにも苦労した。

それ以外にも鉄道での国境越えなど、今まで経験したことのないこともあって、不安もある。

それでも、去年のインドのことを思えばまだまだプレッシャーは少ないな、と思いながら出発は明々後日である。


 



ニューヨークに行きたいか~!(by福留功男)

ということでいよいよ出発の日が来た。

朝一番、近鉄奈良駅発のリムジンバスに乗り関空へ。

それにしても、メチャクチャ荷物が重い。

いつもなら、行きはほとんどカラに近いトランクが、今回はすでに満タン。
中身はほとんどおばあちゃん(嫁さんのの母)から孫(NYに住むさとばあの子)へのお土産である。

しかし、アンパンマンが好きだから、アンパンマンカレーとか、手に入りにくいからという理由の日清麺職人一ケースとか、ほんまにいるんかいなと思えるものばかり。

まあ、それでも預けてしまえばそれまでとせっせと持ってきた。

バスも飛行機も、乗り継ぎも順調に来た。

北京ではオリンピックのキャラクターも歓迎してくれた。

北京

北京からニューヨークへのフライトは地球の自転に沿って飛ぶため、ずっと昼である。

時差ぼけしないためにはなるべく寝たほうがいい、ということで眠気が出てきたらできるだけ寝るようにしてすごした。

時折、窓の外を見るときれいな北極海の景色が広がっていて、心が和んだ。

北極海


しかし、ニューヨーク、JFK空港に着いてトラブルは発覚した。


預けてあったバゲージがない。Σ(゚口゚;

係員が言うには「まだ北京にあるから明日には着く。ルフトハンザオフィスに行って手続きをしてくるように。」とのこと。

ロストバゲージなんてことがあるということは話には聞いていたが、自分がそんな目にあうとは思わなかった。

いや正確に言うとロストではなく置き去りである。

ルフトハンザオフィスはロストバゲージのオフィスも兼ねているようで、中年の女性が、かばんの形状、鍵の有無など丁寧に聞いてきた。

明日、さとばあのアパートまでデリバリーしてくれるそうだ。

日清麺職人を北京から運んでくれるデリバリーにはご苦労としかいいようがない。<(_ _*)

タクシーに乗り、空港からさとばあのアパートまで、約40分で着いた。

バゲージの件を話すと食料品なども買いたいので、買出しに行こうということになった。

クィーンズのしまむら(勝手に命名)でTシャツや下着などを買い、オークワでビールを買った(750mmlのビールがなんと1$!)。

ニューヨークニューヨーク



その後、元イタリアンのコックのさとばあの料理をおいしくいただき、1日目は終了。

ニューヨークニューヨーク


移動はもちろんだが、いろいろあって、疲れた一日であった。












荷物の遅延に対して保険が出るかもしれない、ということで朝一番、保険会社に電話をかけた。

オペレーターに詳しく話を聞くと遅れたことによって必要となった衣類などに対して、レシートをつけて請求すると、審査はあるが保険が下りるらしい。

昨日、しまむらで買ったシャツや下着は保険で買えることになりそうだ。

今日はとにかくニューヨークに来たのだから、まずは自由の女神にご挨拶。地下鉄でバッテリーパークまで行き、スタッテン島行きのフェリーに乗った。

このフェリーは自由の女神が立つリバティー島には行かないので、真下から見ることはできないが、何といっても無料というのがうれしい。

その昔、初めての海外旅行でニューヨークに来たときは、自由の女神の冠部分まで登ることができたのだが、01年のテロ以降それもできなくなった。

登れないのなら高いお金を出して足下から見上げなくても、無料で海の上から見るので十分である。そういうことでスタッテン島行きの無料フェリーを選んだのだ。

舟はかなり大きいもので500人ぐらいは乗れそうだ。大量の人たちが並んでいたが、余裕で全員乗り込むことができ、まだ席が空いているぐらいだった。

ニューヨークニューヨーク


船が出発して、5分ほどで自由の女神が近づいてきた。10分頃最接近し、その後遠ざかっていった。少しの時間であったが、子どもたちもまあまあ喜んでいた。

このような大きな象を見るたび、子どもたちは自分たちが住む奈良の大仏と大きさを比べる。
以前、鎌倉の大仏を見せたときは大仏様を見るなり、「小さい、小さい!」と失礼なことを言っていたが、今回はそこそこの大きさを感じたのだろう、何も言わなかった。

ニューヨーク


スタッテン島からとんぼ返りでマンハッタンに戻った私たちは、グランドゼロを目指した。

珍しくオカンのリクエストである。

私は「工事現場しかないよ。」と言ってやったが、やはりその場所を見てみたいという。

実際行ってみても工事現場でしかなかった。モニュメントがあるらしいが、なかなか見つけられず、疲れてきたオカンは「もう十分」と言った。

仕方がないので適当にこれをモニュメントと思いこむことにして、赤いコーンの前で記念撮影をした。

ニューヨーク

そろそろお腹もすいてきたのでバブちゃんのおすすめというハンバーガー屋さんに向かった。場所は14丁目、「コーナービストロ」という店だ。

2時をまわっていたというのにほぼ満席でかろうじて開いていた一番奥の席に案内された。

席と席の間は狭くベビーカーはお断りとなかなか厳しかったが、出てきたハンバーガーはおいしかった。何といっても肉の厚さがふだんのものとは全然違う。2~3cmはあるあろうか。中はミディアムレアーでジューシー、そこに、カリカリベーコン、レタス、トマト、チーズ、オニオンが入っている。

6.75$だったが一つ食べただけでお腹がいっぱいになった。嫁さんは子どもと二人で一つ、オカンにいたっては子どもと分けても一つ食べきれなかった。

ニューヨークニューヨーク

この時点でさとばあとその息子は家に帰ることになった。昨日のバゲージが5時から9時の間に届けられると聞いていたからである。歩き疲れたオカンもいっしょに連れて帰ってもらった。

残ったうちの家族4人は6thアベニューを北上しながら、所々店に入って、まだ必要な衣類や土産物を買ったりした。

一通り買い物がすんだところで、今日最後の目的地、ニューヨーク近代美術館(通称MoMA)に行った。

ガイドブックによると金曜日の4時からは無料になるとのこと。本当は全くの無料ではなく、いくらでも良いから寄付をということらしいが、入口から展示ホールまでどこにもそれらしき場所が見つからなかったので、結局タダで見せてもらった。

タダという気安さもあって本当にざっくりと有名な作品だけを見学した。

それでも、美術の教科書に載っているようなピカソ、セザンヌ、マチス、ルソーなどの作品を見ては感動したりた。

ニューヨークニューヨーク

それにしてもモネの「睡蓮」の大きいこと、ダリの「記憶の固執」の小さいこと。

大きさが実感できるのが、実物を見るのと教科書で見るのとでの大きな違いである。

特別展でダリの絵とフィルム展が催されていたが、その中にものすごくインパクトのある作品を見つけた。

目だけの怪物と女性が戦っている。目だけの怪物は体が電話でできていて目から光線を放っている。女性は電話で反撃している。後方では背中が燃えたキリンが3頭立っている。

この表現でわかってもらえないと思うので、息子に絵を描かせた。(下段続きを読むで見られます)

その後、5thアベニューを南下し、グランドセントラル駅からさとばあのアパートに戻る。

ニューヨークニューヨーク


8時ごろに戻ったのだが、荷物が届いていない。一件不在着信があったのだが、さとばあが手を離せないうちにきれてしまった。留守電にも何も入っていなかった。

そんなこんなで荷物が無事届くかどうか、不安になってきた。

そこで、同じアパートに住む英語のできるさとばあの友達夫婦に来てもらって、問い合わせをしてもらうことになった。

この友達夫婦、今日入籍されたらしい。
そんなときに申し訳ないことである。

ルフトハンザのオフィスに電話するとすでに閉まっていてサポートセンターにかけろと言う。サポートセンターの電話すると留守電になる。となんじゃこれ状態。

最後の手段として、不在着信の電話番号にかけるとこれが当たり、デリバリーの人だった。この友達に交渉してもらって今日中に届けてもらうようにお願いした。

お願いというのも変な話である。

結局、荷物は11時ごろやってきた。アンパンマンカレーも、アンパンマンおまるも麺職人もスガキヤのインスタントラーメンもそうめんも黒綿棒(アメリカには白しかない)も健康サンダルも無事だった。

ニューヨーク

明日はアムトラックでモントリオールに向かう予定である。

とにかく無事に荷物が届いてよかったと胸をなでおろし、就寝。






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今日は移動日である。8時20分ペンステーション発の電車(アムトラック)でモントリオールを目指す。切符は取ってあったので、電車に乗り込むまではスムーズに進んだのだが、この後、びっくりしたことがあった。

なんとアムトラックは自由席だった!w(゚o゚)w

ほとんど最後尾でホームに入った私たちは、切符のどこに席番号が書いてあるのか確認していた。しかし、そうこうしているうちに席が埋まってしまった。

席数以上に予約は取らないから座れないことはないのだが、席がバラバラになってしまった。日本だと当たり前の指定席だと思いこんでいた私が悪かった。

何とか続きではないにしろ、なるべく近い席に座って、いよいよモントリオールに向け出発。

バラバラになってしまったので当初思っていた鉄道の旅の楽しみは半減してしまったが、それでも車窓に映る景色は川あり、森あり、湖あり、平原ありすばらしく、

思わず、音符チャラッチャッチャッチャ チャーララーチャーラー チャーラーラーラー音符と口ずさんでいた。

アムトラックでモントリオールアムトラックでモントリオール


12時過ぎ、ラウンジカー(食堂車のようなもん)が開いたので昼食をとることにした。ここでやっと家族が一つの席にそろった。

本日のサンドウィッチ(コンビーフ)とカップヌードル(アムトラックの冷房はかなり強く、寒いぐらいだった。)とビールなどを注文して、みんなで食べた。

コンビーフはパサパサして、カップヌードルは何か日本と味も違い、どちらもそんなに美味しいものではなかったが、家族そろって車窓を眺めながら食べたのでおいしく感じられた。

ビールなどを追加して、1時間ぐらい、そこにいただろうか。子どもたちが揺れにあわせて眠たくなってきたみたいだったので、座席に戻った。

アムトラックでモントリオール


午後4時ごろ、国境の駅に停まり、カナダへの入国審査が始まった。

腰に拳銃を携えた女性の係員が二人一組で座席の前の方から順番に審査をしていく。

私のところに来て「英語はできるか。」と聞いた。実は自分より前の座席にいたオカンが全くできないと係員に言ったので順番をとばして私のところまで来たのだ。

私は「ア、リトル」と答え、あまり、英語ができないことをアピールしたが、返って逆効果だったようで他の人よりも質問が多かった。

「どこから来たのか。」
そんなもん ニューヨーク に決まっている。」
「この女の子は誰だ。」
私の娘 に決まってるやろう!他人の子を連れてたら誘拐 だ。
「この女性は誰だ。」
愛人と答えてほしいか。 妻です。
「あちらの子どもは誰だ。」
この流れで 息子 以外やったらびっくりやん!」

そんなやりとりが十分ほど続いて、帰りのアムトラックの切符やら、ニューヨークから日本へのチケットやら全部見せて、やっとのことでOKがでた。

何か出てほしかったのか?そんなにしつこく聞いて…。ふふ、たたかれてもほこりは出んわい。(-ι- )



そんなこんなで午後7時50分、予定より40分遅れてアムトラックはモントリオール駅に着いた。
この遅れのうち10分は私のせいだが。m(-_-)m

アムトラックでモントリオール


駅について改札を出るとKママ家族がみんなで迎えに来てくれていた。
久し振りの再会に嫁さんも子どもたちも抱き合って喜んでいた。

そこから、旦那さんの車でオカンと下の子二人を乗せていってもらって、上の子二人とKママ、嫁さんと私は地下鉄とバスでこれからしばらくお世話になるKママの家に行った。

晩ご飯は旦那さんの手料理。おにぎりや天ぷらまで作っていただいて、その気遣いに感謝、感謝。

しゃべることもたくさんあって(子どもたちがアムトラックで寝過ぎて、なかなか寝られなかったこともあって)夜2時ごろまで起きていた。

しかし、明日もあるということで今日のところはおやすみ、就寝。






今日はKママ家族とモントリオール市内観光。

私たちの旅行のために休みを取って下さった旦那さんもいっしょなので、子どもも入れて総勢9人という大人数。

バスと地下鉄を乗り継いで、Champ-de-Mars という駅で降り、まずは旧市街を散策。

歩くこと数分、モントリオールの市庁舎が見えてきた。立派な建物でその前には市章がきれいに刈り込まれていた。

モントリオールモントリオール


奈良の県章はカタカナの「ナ」をイメ-ジしたもので、(↓)かっこよさが全然違う。


奈良県章


市庁舎からすぐのジャック・カルティエ広場はモントリオール市民の憩いの場。
港に向かってなだらかに下っていく150mほどの公園で、露店や食べ物屋さんが並び、ストリートパフォーマンスも行われ、一日中賑わっている。

モントリオールモントリオール

細い路地を入ると小さな通りがあり、壁一面に絵が飾られ、小さいものなら7$ぐらいで買うことができる。

このあたりはは特に古いフランス風の街並みがよく残っている地域でもある。

モントリオールモントリオール


そろそろお腹もすいてきたので、昼食にすることに。
旧市街よりもチャイナタウンの方がいい店があるということで、少し歩いてチィイナタウンに行く。

旦那さんのおすすめの店はベトナム料理の店。
そういえばベトナムの人もフランス語を話せる人が多いので、ケベック州に移民が多くいることも納得できる。

カナダのチャイナタウンでベトナム料理。ややこしや~。

私たちはフォーと三色飯(写真下)などを注文。
それにしても一皿の量が多い。

モントリオールモントリオール

この店、味はよかったのだが、サービスがイマイチ。
Kママも食べているときから、「何だかなあ。」って感じで言っていた。

帰り際、これはこちらのミスだが、チップを払わずに店を出てしまった(Kママ家族とうちとを別々で勘定してもらったのでうちだけ)。
すると、一番態度の悪かった店員が店の外まで追いかけてきて、「チップをもらっていない」と言い出すではないか。
これにはKママも切れて「こんなにサービスが悪いのにチップなんか払えるか!(←みたいなことをフランス語で言った。)」
すると店員が「どこが悪かってん!」みたいなことを言うので、Kママは「あんたや!」と言って、この対戦終了。

チップを渡さなかったのは忘れていたのであって、サービスが悪かったからではなかったのだが、このKママと店員のやりとりを聞いていて、チップはあくまでもサービス料であって、良いサービスには多く払い、悪いサービスには払わない(もしくは最低限)のが本来の形なのだと感じた。

日本人だとどうしてもそういった習慣がないので、一律15%かけて…みたいになってしまうが、考えさせられるところではある。

それにしてもめんどくさいが…。

その後、旧港まで歩いていく。途中、ノートルダム寺院という北米最大のカトリック教会の寺院に寄ったが、ちょうどミサをやっているようで観光客は入れなかった。

モントリオールモントリオール


寺院の前の広場には鳩がいたので、食べきれなくて持って帰ったパンをあげるとたくさん寄ってきた。

広場にはモントリオールの創始者メゾヌーブの像が立っている。頭の上に鳥が止まっているのはどこでも同じ風景。

モントリオールモントリオール



オカンは足が痛いというので適当に座らせて、私たちは港の端にある時計台に向かう。
セントローレンス川沿いにある遊歩道は緑も美しくとても気持ちのいい場所だった。


時計台は登ることができるので、みんなで登った。

階段には数字が打たれていて、後、何段上ると頂上か、がわかるようになっている。

外から見るよりも結構きつい登りだったが、何とか頂上に到着。
窓からはセントローレンス川やモントリオール市街が良く見える。

モントリオールモントリオール

時計台の階段を下りると足ががくがくいっていた。

疲れてきたのでそろそろ帰ることにする。

ここは緯度が高いので9時ごろまで明るく、つい長く遊んでしまうが、そんなことをしていたら、体がついていけなくなる。

晩ご飯はKママや子どもたちの久しぶりに食べたいというリクエストで嫁さんの煮込みハンバーグ。
気に入ってもらえたようでよかった。